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昨日は3月11日。7年前にあの東日本大震災があった日です。

あの日、私は長女の卒園式を次の日に控え、幼稚園で卒園の準備をしていました。

以下、当時のmixiの日記が残っていたので引用します。

 

2011年3月14日

日記を始めようと思ったのが3月11日・・・そう、まさにあの巨大地震の日。誰もがあんな地震が起こるなんて想像もしていなかったですよね。

あの日、私は幼稚園で翌日行われる卒園式の準備していました。その時、突然立っていられないほどの激しい揺れが起こり、とりあえず明日の式のために開かれていたグランドピアノの蓋を閉め、2階のアリーナから転がるように階段を駆け降り1階の教室で先生たちとテーブルの下に避難していた子どもたちを連れて靴下のまま外に飛び出しました。

この世のものとは思えない激しい揺れにただただ怯えて震えているしかなかった・・・この時ほど人間の無力さを感じたことはありません。

幸いなことに子どもたちとは同じ場所にいたので心配いらなかったですが、その日仕事で日光の山奥に行っていた旦那とは夕方まで連絡が取れず、不安な時間を過ごしました。

その日の夜は余震が続き、ほとんど眠れませんでしたが翌日は卒園式でしたので準備をして幼稚園に行きました。

余震が続く中、卒園式は行われましたが、子どもたちは誰一人として騒ぐことなく立派に式を終えることができました。式場にいた親たち皆わが子を誇らしく思ったことでしょう。
卒園式のあとの謝恩会などのお楽しみは中止になってしまいましたが、状況を考えたら、式ができただけでも感謝しなければなりませんね。

あの悪夢のような地震から3日たちましたがまだまだ被害は増える一方です。家族が一つ屋根の下で過ごせることに感謝しつつ、私たちにできることをさがして被災地の方々が1日でも早く元気になれるように協力していきたいなと思っています。

 

以上が7年前の日記です。

私の住む壬生町は幸いにも被害は少なく次の日に卒園式をする事ができました。

幾度となく起こる余震の中、誰一人騒ぐことなく粛々と行われた卒園式は今でも昨日のことのように脳裏に焼き付いています。

あれから7年経った昨日、私はお友達が出演する吹奏楽団のコンサートに足を運んでいました。

趣味で始めたサックス?でしたが、娘が吹奏楽を始めたため、何かと予定が被ることが多くなり、しばらくは封印する事にしましたので今では聴く専門♪

ノリノリの楽しい曲が続いた後、舞台は後半に差しかかり、次の演奏曲は「マードックからの最後の手紙」

そう。あのタイタニック号沈没事故をモチーフにした楽曲です。

下記は作曲者樽屋雅徳によるライナーノーツです。

1912年4月、世界最大の豪華客船として、ニューヨークへ向け出航したタイタニック号は、その処女航海を終えることなく、海の底へと沈んでいきました。マードックは、タイタニック号に乗船していた1等航海士であり、船が沈む最後の瞬間まで勇敢に乗客の救出にあたった、乗組員の一人です。
彼は、航海中家族に手紙を書くのが日課であり、そこには自分の近況はもちろん、家族を気遣う思いが必ず綴られていました。
そんなマードックからの「最後の手紙」には、乗客達で賑わう船上の様子や大西洋からの美しい眺め、そして事故を予感させるアクシデントについて、語られていたかもしれません。
曲はその手紙をアイリッシュ調のメロディーで綴っていきます。
マードックからの最後の手紙を「読む」ように聴いていただけたらと思います。
(樽屋雅徳)

 

なんと、この曲のクライマックスがあの震災のあった14時46分に演奏されていたのです。

この事に気がついていた方があの会場に何人いたかわかりませんが、私にはこの曲が震災で犠牲になった方々の鎮魂歌のように聴こえました。

私は天を仰ぎ、犠牲になった方々の冥福を祈りました。

7年経った今、音楽を奏で、楽しみ、耳を傾ける事ができる事に感謝して、これからも前を向いて進んでいこうと改めて感じた1日でした。